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東京地方裁判所 平成10年(レ)175号 判決

控訴人

佐藤美智男

被控訴人

最上建設株式会社

右代表者代表取締役

小林将美

右訴訟代理人弁護士

伊藤哲

主文

一  平成一〇年(レ)第一七五号事件の原判決中控訴人敗訴部分を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人に対し、四万〇六九〇円及びこれに対する平成八年五月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  平成一〇年(レ)第一七五号事件における控訴人のその余の請求を棄却する。

二  平成一〇年(レ)第三五八号事件に対する控訴を棄却する。

三  訴訟費用は両事件の第一、二審を通じて六分し、その五を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

四  この判決は、第一項1及び第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  平成一〇年(レ)第一七五号事件

(一) 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

(二) 被控訴人は、控訴人に対し、一二万八〇五一円及びこれに対する平成八年五月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(四) 第(二)項及び第(三)項につき仮執行の宣言

2  平成一〇年(レ)第三五八号事件

(一) 原判決を取り消す。

(二) 控訴人と被控訴人との間において東京簡易裁判所平成八年(ハ)第三〇六四九号解雇予告手当請求事件について平成八年一二月一〇日に成立した和解が無効であることを確認する。

(三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴人が当審で追加、拡張した請求を棄却する。

3  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二平成一〇年(レ)第一七五号事件における当事者の主張

一  請求の原因

1  本件雇用契約の締結及び労務の遂行

控訴人は、平成七年一一月七日、午前八時から午後五時(正午から午後一時まで休憩時間)まで土木工事に従事し、毎月二五日に締切り、翌月一六日に日額一万四〇〇〇円の賃金の支払を受けるとの約定で、被控訴人に雇用され(以下「本件雇用契約」という。)、同日から平成八年四月二二日まで一二八日間土木工事に従事した。

2  休日割増賃金の請求(原審から請求しており、変更なし。)

(一) 控訴人は、次のとおり、一八日間に及ぶ休日に本件雇用契約に基づいて土木工事に従事した。

(1) 平成七年一一月一一日(第二土曜日)

(2) 同年一一月二三日(祝日)

(3) 同年一一月二五日(第四土曜日)

(4) 同年一二月九日(第二土曜日)

(5) 同年一二月二三日(祝日)

(6) 同年一二月二四日(日曜日)

(7) 平成八年一月一三日(第二土曜日)

(8) 同年一月一五日(祝日)

(9) 同年一月二一日(日曜日)

(10) 同年一月二七日(第四土曜日)

(11) 同年二月一〇日(第二土曜日)

(12) 同年二月一二日(振替休日)

(13) 同年二月二四日(第四土曜日)

(14) 同年三月三日(日曜日)

(15) 同年三月九日(第二土曜日)

(16) 同年三月二〇日(祝日)

(17) 同年三月二三日(第四土曜日)

(18) 同年四月一三日(第二土曜日)

(二) 控訴人と被控訴人とは、本件雇用契約において、第二、第四土曜日、日曜日、祝祭日、年末年始休暇(一週間)を休日とすることを合意した(本件雇用契約の契約書(〈証拠略〉)には休日を右のようにする旨の記載があり(年末年始休暇を一週間とするとの記載はない。)、被控訴人の就業規則(〈証拠略〉)一二条本文は、「休日は第二、四土曜日、日曜日、祝祭日、年末年始休暇(一週間)とする。」と定めている。)。

(三)(1) 控訴人が(一)の各日に労務を遂行したことにより受けるべき休日割増賃金は、割増率を三割五分で計算し、次のとおり八万八二〇〇円となる。これが控訴人が原審で請求していた休日割増賃金である。

14,000×0.35×18=88,200

(2) 原判決は、(一)の一八日間の休日出勤について、抗弁1のとおり八日間休日との振り替えがあったことを理由に、対象日を一〇日間分だけに限定し、かつ、割増率を二割五分で計算して休日割増賃金の請求を認めた。その認容額は三万五〇〇〇円である。

(3) そこで、控訴人は、(1)の八万八二〇〇円と(2)の三万五〇〇〇円との差額五万三二〇〇円について、これを棄却した原判決の取消しを求め、五万三二〇〇円の支払を請求する。

(四) 休日時間外割増賃金の請求(当審で追加した請求)

(1) 控訴人は、(一)の休日のうち、次のとおり、時間外に本件雇用契約に基づいて土木工事に従事した。

平成七年一一月一一日(第二土曜日)〇・五時間

同年一一月二五日(第四土曜日)一時間

同年一二月九日(第二土曜日)一時間

同年一二月二四日(日曜日)三時間

平成八年二月一二日(振替休日)一・五時間

同年二月二四日(第四土曜日)一・五時間

同年三月二〇日(祝日)〇・五時間

同年三月二三日(第四土曜日)二時間

同年四月一三日(第二土曜日)二時間

合計一三時間

(2) 休日に残業をしたときは、休日割増と時間外割増が重なり合計五割増になると解すべきであるから、控訴人が受けるべき休日時間外割増賃金は次のとおり六八二五円となる。

14,000/8×1.5×13-2,100×13=6,825

(3) 原判決は、(1)の一三時間の休日時間外労働について、割増率を二割五分で計算して次のとおり一一三七円の休日時間外労働割増賃金を認めた。

14,000/8×1.25×13-2,100×13=1,137(円未満切捨て)

(4) そこで、控訴人は、当審において、(2)の六八二五円を請求するが、そのうち一一三七円は(3)の原判決の認容額に相当するものであり、原審で請求していなかったものを追完する趣旨であり、その余の残額五六八八円を当審で追加して請求する。

(五) (三)と(四)を合計すると五万八八八八円となる。

3  休業手当の請求(原審で取り下げ、当審で改めて追加した請求)

(一) 2(一)のとおり。

(二) 本件雇用契約の定める休日のうち、年末年始休暇は一週間とされているが、被控訴人は、実際には平成七年一二月二九日から平成八年一月七日まで合計一〇日間控訴人に仕事を与えなかった。これは、被控訴人の責めに帰すべき事由による休業に当たるから、控訴人は、そのうち平成七年一二月二九日及び同月三〇日について休業手当を請求する。

(三) 被控訴人は、控訴人に対し、平成八年四月一三日から同月二〇日まで夜勤を指定し、幹線道路の舗装工事に従事させた。元請は雨天の天気予報の場合にはこの工事を中止したため、右期間のうち、同月一六日、一七日、一九日及び二〇日は工事が中止された。これは夜間工事であったためであり、日勤の作業員は当該期間に就労していた。これは、被控訴人の責めに帰すべき事由による休業に当たるから、控訴人は、右四日間について休業手当を請求する。

(四) 控訴人が受けるべき休業手当は、次のとおり四万八九四八円となる。

計算期間 平成七年一二月二六日から平成八年三月二五日まで八〇日間計算期間内に支給された賃金の総額一〇八万七八五〇円

1,087,850/80×0.6=8,158(円未満切捨て)

8,158×6=48,948

4  平成八年四月の三日間についての時間外労働(深夜を含む。)の割増賃金の請求(原審では八二〇〇円の請求であったが、当審で一万〇八七五円に拡張した請求)

(一) 控訴人は、次のとおり、時間外労働をした。

(1) 平成八年四月一三日 午後八時から翌朝五時まで

(2) 同年四月一五日 午後八時から翌朝五時まで

(3) 同年四月一八日 午後八時から翌朝五時まで

(二) 右時間外労働のうち、午後八時から午後一〇時までの時間外労働に対する手当は、次のとおりである。

14,000/8×1.25×2=4,375

(三) 右時間外労働のうち、午後一〇時から翌朝五時までの深夜の時間帯の時間外労働に対する手当は、次のとおりである。

14,000/8×1.5×6=15,780

(四) したがって、控訴人が前記三日間について支払を受けるべき時間外労働(深夜を含む。)の割増賃金は、次のとおり合計一万〇八七五円となる。

(4,375+15,750-16,500)×3=10,875

(五) ただし、控訴人は、控訴の対象からは、平成八年四月の三日間についての時間外労働(深夜を含む。)の割増賃金の請求を除外する。

5  平成八年三月二六日についての深夜割増賃金の請求(原審では一三〇〇円の請求であったが、当審で一七五一円に拡張した請求)

(一) 控訴人は、平成八年三月二六日、午後五時から翌日午前零時三〇分まで七時間三〇分の時間外労働をした。

(二) 右時間外労働のうち、午後五時から午後一〇時までの五時間の時間外労働に対する割増賃金は、次のとおりである。

14,000/8×1.25×5=6,563(円未満四捨五入)

(三) 右時間外労働のうち、午後一〇時から翌日午前零時三〇分までの深夜の時間帯の時間外労働に対する割増賃金は、次のとおりである。

14,000/8×1.5×2.5=10,938(円未満四捨五入)

(四) 被控訴人は、(一)の時間外労働について一時間当たり二一〇〇円、合計一万五七五〇円の残業手当を支払っただけであるから、次のとおり、差額の一七五一円を支払う義務がある。

6,563+10,938-2,100×7.5=1,751

(五) 原判決は、平成八年三月二六日についての深夜割増賃金を一七四九円と算定した(原判決二枚目表八行目から一〇行目まで、五枚目表六行目から七行目まで、五枚目表末行から五枚目裏六行目まで、原判決別紙計算書)。

(六) そこで、控訴人は、当審において(四)の一七五一円から(五)の一七四九円を控除した残額二円を追加して請求する。

6  残業手当六二一三円の請求(当審で追加した請求)

(一) 控訴人は、次のとおり、時間外労働をした。

(1) 平成七年一一月分 一二時間

(2) 同年一二月分 一九時間

(3) 平成八年一月分 三時間

(4) 同年二月分 一一・五時間

(5) 同年三月分 三四時間

(6) 同年四月分 一三・五時間

合計九三時間

(二) 右九三時間のうち、2、(四)で休日時間外割増賃金として請求している一三時間、4で請求している平成八年四月一五日の午後八時から翌朝五時までに含まれる〇・五時間(〈証拠略〉)及び同年四月一八日午後八時から翌朝五時までに含まれる一時間(〈証拠略〉)並びに5で請求している平成八年三月二六日の時間外労働七時間三〇分の九時間を控除した七一時間について控訴人が支払を受けるべき時間外手当から、既に支払を受けている一時間当たり二一〇〇円、合計一四万九一〇〇円を控除した残額は、次のとおり六二一三円となる。

14,000/8×1.25×71=155,313

155,313-2,100×71=6,213

7  帰任旅費一万四〇〇〇円の請求

(一) 被控訴人は、控訴人に対し、本件雇用契約締結の際、雇入通知書(〈証拠略〉)を交付し、「ここに明示された労働条件が就労後事実と相違することが判明した場合に、あなたが本契約を解除し、一四日以内に帰郷するときは、必要な旅費を支給」する旨約した。

(二) 控訴人は、平成八年四月一三日夜間勤務をし、五〇パーセントの割増賃金の条件であったにもかかわらず、二五〇〇円の支払しか受けられなかったから、本件雇用契約の労働条件が就労後事実と相違することが判明した場合に当たる。

(三) 控訴人は、本件雇用契約終了後一四日以内の日である平成八年四月二三日に帰郷し、その旅費は一万四〇〇〇円であった(〈証拠略〉の平成七年一一月出勤表上欄参照)。

8  よって、控訴人は、被控訴人に対し、本件雇用契約に基づき、一二万八〇五一円及びこれに対する弁済期の翌日である平成八年五月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2(一)及び(二)の事実は認める。(三)は争う。この点に関する被控訴人の主張は抗弁1で述べるとおりである。

同2(四)(1)の事実は認める。

同2(四)(2)の主張は争う。休日における時間外労働の割増賃金は、それが深夜労働に該当しない限り三五パーセントでよいと解されている。

同2(五)の主張は争う。

3  同3(一)の事実は認める。

同3(二)の事実のうち、平成七年一二月二九日から平成八年一月七日まで合計一〇日間を休日としたことは認めるが、被控訴人の責めに帰すべき事由による休業であることは否認する。

同3(三)の事実のうち、被控訴人が控訴人に対し平成八年四月一三日から同月二〇日まで夜勤を指定し、幹線道路の舗装工事に従事させたこと、元請が雨天の天気予報の場合にはこの工事を中止したため、右期間のうち、同月一六日、一七日、一九日及び二〇日は工事が中止されたこと、以上の事実は認め、右の中止の事態が夜間工事であったためであり、日勤の作業員は当該期間に就労していたとの事実は不知、主張は争う。

同3(四)の主張は争う。

4  同4(一)の事実は認める。(四)は争う。

5  同5(一)の事実は認める。

6  同6(一)の事実は認める。(二)の主張は争う。控訴人の残業手当の請求の根拠となる残業時間数は、控訴人主張の九三時間から平11・6・22付け準備書面別紙計算書1から3までに記載されている二二時間を控除した七一時間となり、残業手当の金額は平11・6・22付け準備書面別紙計算書4のとおりである。

7  同7(一)の事実は認め、(二)の主張は争い、(三)の事実は不知。

8  同8は争う。

三  抗弁

1  被控訴人の就業規則一二条は、業務の都合により他の日に休日を振り替えることができることを規定している。平成七年一二月二九日、平成八年一月五日、同年三月一日、同年三月二二日、同年四月一一日、同年四月一六日、同年四月一七日及び同年四月一九日の合計八日間は平日であるが、被控訴人は、雨天等の理由でこれらの日を休みとしたので、休日と振り替えた。

2  控訴人は、原審において休業手当の請求を取り下げたにもかかわらず、控訴審において改めて請求しているが、このような蒸し返しは訴訟手続上許されないというべきである。

3  本件雇用契約においては、六箇月以上勤務した場合に帰任旅費を支給することが合意された。しかし、本件雇用契約は六箇月経過しないうちに終了したので、被控訴人には帰任旅費を支給する義務はない。

4  被控訴人は、控訴人に対し、平成一〇年六月一二日、原判決主文第一項で支払を命じられた金四万九〇六七円及びこれに対する平成八年五月一七日から平成一〇年六月一二日までの間の年六分の割合による遅延損害金六一〇四円、以上合計金五万五一七一円を支払うために、電報為替による送金方法により現実に提供したが、控訴人はその受領を拒絶した。そこで、被控訴人は、控訴人に対し、平成一〇年一一月一二日、右金五万五一七一円を東京法務局に弁済供託した(平成一〇年度金第六三一五三号)。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2は争う。

3  本件雇用契約において六箇月以上勤務した場合に帰任旅費を支給することが合意されたことは否認し、主張は争う。

4  同4の事実は認める。

第三平成一〇年(レ)第三五八号事件における当事者の主張

一  請求の原因

1  被控訴人は、平成八年四月二二日、控訴人に対し、同人を同日をもって解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。

2  控訴人は、平成八年一〇月二四日、被控訴人に対し、本件解雇に基づく解雇予告手当三六万二六一〇円及び遅延損害金の支払を求めて東京簡易裁判所に訴えを提起し(同裁判所平成八年(レ)第三〇六四九号事件。以下「本件解雇予告手当請求事件」という。)、同年一二月一〇日第一回口頭弁論期日に控訴人と被控訴人との間において次のとおり和解(以下「本件和解」という。)が成立した。

(一) 被告(被控訴人を指している。この2項に限り以下同じ。)は、原告(控訴人を指している。この2項に限り以下同じ。)に対し、本件解決金として金五〇〇〇円の支払義務のあることを認め、本日、被告は右金員を支払い、原告はこれを受領した。

(二) 原告は、その余の請求を放棄する。

(三) 当事者双方は、原告と被告及び被告会社代表者小林将美間の紛争が一切解決されたものとし、本和解条項に定めるほか、何らの債権債務のないことを相互に確認する。

(四) 訴訟費用は各自の負担とする。

3  本件和解は事実の認定を誤ってされた担当裁判官の勧告に基づいてされた。

本件和解において被控訴人から控訴人に対して支払われた解決金の金額が五〇〇〇円と過小な金額であることからすれば、本件和解は解雇予告手当を支払うべきことを規定する労働基準法二〇条や被控訴人の就業規則一〇条を無視してされた和解であるというほかなく、本件和解は本来適用されるべき法律を適用せずにされたものとして無効である。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1及び2の事実は認め、同3のうち、労働基準法二〇条や被控訴人の就業規則一〇条が解雇予告手当を支払うべきことを規定していることは認め、本件和解が無効であることは争う。

第四証拠

証拠関係は、原審記録中の書証目録並びに当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。

理由

第一平成一〇年(レ)第一七五号事件について

一  請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  休日割増賃金の請求について判断する。

1  請求の原因1及び2(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。

2  同2(三)(1)の事実について判断する。

(一) 労働基準法三七条一項、労働基準法第三十七条第一項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令(平成六年一月四日政令第五号。以下「本件政令」という。)によれば、使用者が労働基準法三六条の規定により労働者を休日に労働させた場合の労働については通常の労働日の賃金の計算額の三割五分の率で計算した割増賃金を支払わなければならないとされているが、労働基準法三七条一項にいう休日は労働基準法三五条の規定に基づいて労働者に付与される休日以下「法定休日」という。)であり、例えば、週休二日制のように使用者が法定休日の外にもう一日の休日(以下「法定外休日」という。)を付与していたとしても、その一日の休日(法定外休日)は労働基準法三五条に規定する休日(法定休日)ではなく、したがって、使用者がその日(法定外休日)に労働者に労働をさせたとしても、労働基準法三七条一項の規定に基づいて通常の労働日の賃金の計算額の三割五分の率で計算した割増賃金を支払う必要はない。しかし、使用者が労働者に付与する休日について法定休日と法定外休日を区別することなく、一体のものとして規定し運営している場合には、法定外休日についても法定休日と同じ取扱いをする趣旨であるとみることができる。

(二) 本件において、

(1) 前掲の請求の原因2(二)の事実、(証拠略)によれば、控訴人と被控訴人とは、本件雇用契約において、第二、第四土曜日、日曜日、祝祭日及び年末年始休暇(一週間)を休日とすることを合意していること、平成七年一一月七日から被控訴人において勤務を開始した控訴人は、同月一二日(日曜日)、同月一九日(日曜日)、同月二六日(日曜日)、同年一二月三日(日曜日)、同月一〇日(日曜日)、同月一七日(日曜日)、同月二九日(金曜日)から同月三一日(日曜日)まで、平成八年一月一日(月曜日)から同月七日(日曜日)まで、同月一四日(日曜日)、同月一七日(水曜日)、同月二〇日(第三土曜日)、同月二八日(日曜日)、同年二月四日(日曜日)、同月一一日(日曜日)、同月一八日(日曜日)、同月二五日(日曜日)、同年三月一日(金曜日)、同月一〇日(日曜日)、同月一七日(日曜日)、同月二二日(金曜日)、同月二四日(日曜日)、同月三一日(日曜日)、同年四月七日(日曜日)、同月一一日(木曜日)、同月一四日(日曜日)、同月一六日(火曜日)、同月一七日(水曜日)、同月一九日(金曜日)、同月二〇日(第三土曜日)、同月二一日(日曜日)以外はすべて労務を遂行していたこと、控訴人の出勤表の日曜日の欄には「休」という文字を○で囲んだ印章又は「日曜」という印章が押されていることが認められ、これらの事実に労働基準法三五条一項が「使用者は、労働者に対して、毎週少なくとも一回の休日を与えなければならない。」と規定していることを併せ考えれば、被控訴人が控訴人に付与した法定休日は日曜日であることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、被控訴人が控訴人を第二、第四土曜日、祝祭日、年末年始の一週間(ただし、日曜日を除く。)に労働させたとしても、労働基準法三七条一項及び本件政令で規定する割増率三割五分で計算した休日割増賃金を支払う義務を負わないというべきである。

(2) しかし、前掲の請求の原因2(二)によれば、控訴人と被控訴人とは、本件雇用契約において、第二、第四土曜日、日曜日、祝祭日、年末年始休暇(一週間)を休日とすることを合意しており、被控訴人の就業規則一二条本文は、「休日は第二、四土曜日、日曜日、祝祭日、年末年始休暇(一週間)とする。」と定めていることが認められ、この被控訴人の就業規則の規定の仕方からすれば、被控訴人はその従業員に付与する休日を殊更に法定休日と法定外休日に分けていないということができるのであり、また、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる(証拠略)によれば、被控訴人の就業規則一五条は、「雇人が業務の都合により超過勤務をした場合、次の割増賃金を支払う。時間外勤務手当 一日八時間を超え勤務した時、実働一時間につき、基本給から算出した時給の二割五分の割増賃金を支給する 休日勤務手当 時間外勤務と同様の扱いとする(以下省略)」と規定していることが認められ、これらの事実によれば、被控訴人の就業規則は法定休日と法定外休日とを区別することなく控訴人が本件雇用契約において前記のとおり合意された休日に出勤した場合には就業規則に規定する二割五分の割増率の休日勤務手当を支払うこととしていたことができるのであって、これらの事実によれば、被控訴人は控訴人を第二、第四土曜日、祝祭日、年末年始の一週間(ただし、日曜日を除くその余の日)に労働させた場合には、本件雇用契約に基づき、被控訴人の就業規則一五条で定めた基本給の二割五分で計算した休日割増賃金を支払う義務を負うものというべきである。

(3) これに対し、(証拠略)によれば、被控訴人の就業規則は平成五年四月一日に制定されたことが認められ、この当時の労働基準法三七条一項の休日割増賃金の割増率は二割五分であり、その後労働基準法が改正され、割増率が三割五分に引き上げられたことは当裁判所に顕著であるが、これらの事実だけでは、被控訴人は労働基準法三七条一項の休日割増賃金の割増率が引き上げられた後は法定外休日に労務を遂行した従業員に対し割増率を三割五分とした休日割増賃金を支払うこととしていたことを認めることはできず、他に右の事実を認めるに足りる証拠はない。

(三) 前掲の請求の原因2(一)によれば、控訴人が労務を遂行した請求の原因2(一)の各日のうち法定休日は平成七年一二月二四日、平成八年一月二一日及び同年三月三日の三日であり、その余の一五日はいずれも法定外休日であることが認められるから、控訴人が請求の原因2(一)の各日に労務を遂行したことにより受けるべき休日割増賃金は、労働基準法及び本件政令に基づき控訴人の賃金の日額である一万四〇〇〇円に割増率として三割五分及び請求の原因2(一)の日数のうち三日をそれぞれ乗じて得られる一万四七〇〇円と、本件雇用契約に基づき控訴人の賃金の日額である一万四〇〇〇円に割増率として二割五分及び請求の原因2(一)の日数のうち一五日をそれぞれ乗じて得られる五万二五〇〇円の合計である六万七二〇〇円であると認められる。

3  同2(三)(2)の事実は当裁判所に顕著である。そうすると、控訴人の一八日間の休日出勤についての休日割増賃金の右合計金額から原判決の認容額を控除した残額は三万二二〇〇円ということになる。

4  抗弁1について判断する。

(一) 使用者が業務上の都合によって就業規則において定められた休日に労働者に労働させる必要が生じた場合に、就業規則において休日を労働日としその代わりにそれ以前又はそれ以降の特定の労働日を休日とするというように休日を繰り上げ又は繰り下げること(以下「休日の振替」という。)を定めているのであれば、その就業規則の定めに従って労働者の休日を振り替えて休日に労働者に労働させることができると解される。そして、労働者の休日を振り替えて本来の休日に労働者に労働をさせた場合には、休日の振替によって本来の休日は当該労働者の休日ではなくなっているのであるから、使用者は休日に労働者に労働をさせたことにはならず、したがって、使用者は当該労働者に対し被控訴人の就業規則一五条で定める二割五分の割増率又は労働基準法三七条及び本件政令で定める三割五分の割増率でそれぞれ計算した休日割増賃金を支払う義務を負うものではない。

(二) 本件において、

(1) 抗弁1の事実は当事者間に争いがない。

(2) しかし、前記第一の二2(二)(この「理由」中の該当箇所を指す。以下同じ。)で認定した事実、(証拠略)によれば、控訴人の労務の遂行の状況は前記第一の二2(二)(1)のとおりであって、要するに、控訴人はおおむね一週間のうち一日は労務を遂行しない日があったのであり、その日が被控訴人の就業規則において休日とされていない日であったこともないではないが、控訴人が労務を遂行しなかった日の多くは日曜日であり、被控訴人の就業規則において休日とされている第二、第四土曜日や祝祭日には労務を遂行していたという状況にあったこと、被控訴人は控訴人の出勤表からそのことを把握していたにもかかわらず、被控訴人は、控訴人に対し、控訴人が休日に労務を遂行したことについて被控訴人の就業規則一五条で定める二割五分の割増率又は労働基準法三七条一項及び本件政令で定める三割五分の割増率でそれぞれ計算した休日割増賃金を全く支払っていなかったことが認められる。

これらの事実によれば、被控訴人は控訴人の勤務中に控訴人が労務を遂行した請求の原因2(一)の休日のうち八日を平成七年一二月二九日、平成八年一月五日、同年三月一日、同年三月二二日、同年四月一一日、同年四月一六日、同年四月一七日及び同年四月一九日に振り替える手続を適正に行っていたとは考え難いというべきである。

(3) また、前掲の請求の原因1の事実、前掲の抗弁1の事実、当審における控訴人本人尋問の結果(第二回)、当審における被控訴人代表者尋問の結果(第二回)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は被控訴人に雇われて土木工事に従事していたこと、土木工事は天候に左右され、雨天等のために土木工事が中止されることがあること、被控訴人は、雨天等の理由で平成七年一二月二九日、平成八年一月五日、同年三月一日、同年三月二二日、同年四月一一日、同年四月一六日、同年四月一七日及び同年四月一九日を休みとしたので、休日と振り替えたが、このうち平成七年一二月二九日及び平成八年一月五日には被控訴人に土木工事の下請けの仕事の予定がなかったので、被控訴人はこれらの日を休みとしたのであり、同年四月一六日、同年四月一七日及び同年四月一九日には被控訴人に土木工事の下請けの仕事の予定があったが、当日は雨天であることが予想され、元請けから仕事を中止すると言われたので、控訴人はこれらの日を休みとしたこと、控訴人の賃金は日給制であり、日給制の下では、控訴人が土木工事に従事すれば日額一万四〇〇〇円の賃金が支払われるが、土木工事に従事しなければ賃金は支払われないこと、平成七年一二月二九日、平成八年一月五日、同年三月一日、同年三月二二日、同年四月一一日、同年四月一六日、同年四月一七日及び同年四月一九日には控訴人には賃金が支払われていないこと、以上の事実が認められる。

これらの事実によれば、被控訴人が休日に振り替えたとされる平成七年一二月二九日、平成八年一月五日、同年三月一日、同年三月二二日、同年四月一一日、同年四月一六日、同年四月一七日及び同年四月一九日は、たまたま被控訴人に土木工事の下請けの仕事がなかったとか、仕事はあったものの、天候等のために仕事が中止されたなどい(ママ)った理由で休日に振り替えられたにすぎず、控訴人が労務を遂行した請求の原因2(一)の休日のうち八日を平日に振り替える目的で平成七年一二月二九日、平成八年一月五日、同年三月一日、同年三月二二日、同年四月一一日、同年四月一六日、同年四月一七日及び同年四月一九日を休日に振り替えたことは考え難いというべきである。

(4) 以上によれば、控訴人が労務を遂行した請求の原因2(一)の休日のうち八日を平成七年一二月二九日、平成八年一月五日、同年三月一日、同年三月二二日、同年四月一一日、同年四月一六日、同年四月一七日及び同年四月一九日に振り替える手続を適正に行っていたことを認めることはできないのであって、そうであるとすると、被控訴人は控訴人に対し休日の振替を理由に控訴人が労務を遂行した請求の原因2(一)の休日のうち八日分の休日割増賃金の支払を拒否することはできない。

(三) 以上によれば、抗弁1は理由がない。

5  そうすると、被控訴人は、控訴人に対し、控訴人の一八日間の休日出勤についての休日割増賃金として三万二二〇〇円を支払う義務がある。

そして、前掲の請求の原因1の事実によれば、控訴人の賃金は毎月二五日締切り翌月一六日払いであることが認められ、控訴人の一八日間の休日出勤についての休日割増賃金の最終の弁済期である平成八年五月一六日が経過したことは当裁判所に顕著であるから、被控訴人は、控訴人に対し、控訴人の一八日間の休日出勤についての休日割増賃金三万二二〇〇円に対する遅延損害金として最終の弁済期の翌日である同年五月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による金員を支払う義務がある。

以上によれば、控訴人の一八日間の日出勤についての休日割増賃金の請求は、三万二二〇〇円及びこれに対する最終の弁済期の翌日である平成八年五月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払義務を求める限度で理由がある。

三  休日時間外割増賃金の請求について

1  請求の原因2(四)(1)の事実は当事者間に争いがない。

2  四2(四)(2)について判断する。休日における労働には休日労働に関する規制のみが及び、時間外労働に関する規制は及ばないので、休日労働中に労働基準法三二条二項に定める一日八時間を超える労働が行われた場合にも、八時間を超える部分の労働についての割増賃金の金額は、労働基準法三七条一項及び本件政令により、三割五分の割増率でよいことになるから、控訴人が請求の原因2(四)(1)の各日に休日時間外労働をしたことにより受けるべき休日時間外労働割増賃金は、控訴人の賃金の日額である一万四〇〇〇円を八時間で除した金額に割増率として三割五分を加算した一三割五分及び請求の原因2(四)(1)の時間の合計である一三時間をそれぞれ乗じて得られる金額から被控訴人が控訴人に対し一時間当たり二一〇〇円として支払った一三時間の休日時間外労働割増賃金二万七三〇〇円を控除した残額である三四一二円(円未満切捨て)であると認められる。

3  同2(四)(3)の事実は当裁判所に顕著である。

4  ところで、原判決は、原審において控訴人が控訴人の一三時間の休日時間外労働についての割増賃金の請求をしていなかったにもかかわらず、原判決は、控訴人の一三時間の休日時間外労働についての割増賃金を一一三七(ママ)円と算定してこれを認容している(原判決二枚目表五行目から同裏五行目まで、四枚目裏六行目から五枚目表四行目まで、原判決別紙計算書)から、原判決には当事者が申し立てていない事項について判決するという違法(民事訴訟法二四六条)があったといわざるを得ない。しかし、被控訴人は控訴して争っていないから、この部分については不利益変更禁止の原則が働くので、原判決の認容額一一七三円はそのまま残ることになる。そうすると、請求の原因2(四)(2)に摘示した控訴人の請求額六八二五円はこの認容額を五六八八円上回っているので、右の認容額の限度で控訴人には控訴の利益がなく、この部分の控訴は不適法であるということになるが、控訴人は当審において一三時間の休日時間外労働についての割増賃金の請求を追加した部分のうち右の認容額の限度で控訴を取り下げているのであって、そうであるとすると、控訴人が当審において一三時間の休日時間外労働についての割増賃金の請求を追加した六八二五円のうち一一七三円は実質的には新規請求ではなく、原判決の処分権主義違反の暇疵を治癒するためだけの意義を有するというべきであるから、請求の拡張(新規請求)として扱うべき部分は五六八八円のみである。

5  そうすると、控訴人の一三時間の休日時間外労働についての割増賃金三四一二円から原判決の認容額一一七三円を控除した残額は二二七五円ということになり、被控訴人は、控訴人に対し、控訴人の一三時間の休日時間外労働についての割増賃金として二二七五円を支払う義務がある。

そして、控訴人の賃金は毎月二五日締切り翌月一六日払いであることは前記認定のとおりであり、控訴人の一三時間の休日時間外労働についての割増賃金の最終の弁済期である平成八年五月一六日が経過したことは当裁判所に顕著であるから、被控訴人は、控訴人に対し、控訴人の一三時間の休日時間外労働についての割増賃金二二七五円に対する遅延損害金として最終の弁済期の翌日である同年五月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による金員を支払う義務がある。

以上によれば、控訴人の一三時間の休日時間外労働についての割増賃金の請求は、二二七五円及びこれに対する最終の弁済期の翌日である平成八年五月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払義務を求める限度で理由がある。

四  休業手当の請求について

1  請求の原因3(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  同3(二)の事実のうち、平成七年一二月二九日から平成八年一月七日まで合計一〇日間を休日としたことは当事者間に争いがない。そして、当審における控訴人本人尋問の結果(第二回)及び当審における被控訴人代表者尋問の結果(第二回)によれば、平成七年一二月二九日から平成八年一月七日までの間については被控訴人に土木工事の下請けの仕事の予定がなかったので、被控訴人はこれらの日を休みとしたことが認められ、この事実によれば、被控訴人が平成七年一二月二九日と同月三〇日に控訴人に仕事を与えなかったことが被控訴人の責めに帰すべき事由による休業であるということはできない。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の平成七年一二月二九日と同月三〇日の休業手当の請求は理由がない。

3  同3(三)の事実のうち、被控訴人が控訴人に対し平成八年四月一三日から同月二〇日まで夜勤を指定し、幹線道路の舗装工事に従事させたこと、元請が雨天の天気予報の場合にはこの工事を中止したため、右期間のうち、同月一六日、一七日、一九日及び二〇日は工事が中止されたことは当事者間に争いがない。そして、(証拠略)、当審における控訴人本人尋問の結果(第二回)、当審における被控訴人代表者尋問の結果(第二回)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は同年四月一二日までは専ら昼間に行われる土木工事に従事していたが、同月一三日から同月二〇日までは被控訴人から指示されて夜間に行われる土木工事に従事したこと、仕事の段取り、作業の割り振りは使用者である被控訴人において決定することは本件雇用契約の合意内容となってい(ママ)こと、天候次第で元請が工事を中止することがあり、その場合には控訴人に賃金が支払われないことは控訴人も分かっていたこと、以上の事実が認められるから、仮に控訴人が主張するように被控訴人から指示されなければ、控訴人が同月一三日から同月二〇日までの間は昼間に行われる土木工事に従事して被控訴人から所定の日給の支払を受けることができたとしても、その点を勘案して、同月一六日、一七日、一九日及び二〇日に工事が中止されたことが被控訴人の責めに帰すべき事由による休業であるということはできない。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の平成八年四月一六日、一七日、一九日及び二〇日の休業手当の請求は理由がない。

五  平成八年四月の三日間についての時間外労働(深夜を含む。)の割増賃金の請求について

原判決は、原審における控訴人の請求に係る平成八年四月の三日分の時間外労働割増賃金の請求額が八二〇〇円であったにもかかわらず、一万一一八一円と算定してこれを認容している(原判決二枚目表一〇行目から一一行目まで、五枚目表八行目から五枚目表一〇行目まで、原判決別紙計算書)から、原判決には当事者が申し立てていない事項について判決するという違法(民事訴訟法二四六条)があったといわざるを得ない。しかし、被控訴人は控訴して争っていないから、この部分については不利益変更禁止の原則が働くので、原判決の認容額一万一一八一円はそのまま残ることになる。そうすると、この認容額は請求の原因4(四)に摘示した控訴人の請求額一万〇八七五円を上回っているので、控訴人には控訴の利益がなく、この部分の控訴は不適法であるということになるが、控訴人は当審において平成八年四月の三日分の時間外労働割増賃金の請求を拡張した部分の控訴を取り下げているのであって、そうであるとすると、控訴人が当審において平成八年四月の三日分の時間外労働割増賃金の請求を一万〇八七五円に拡張したのは実質的には新規請求ではなく、原判決の処分権主義違反の瑕疵を治癒するためだけの意義を有するというべきであるから、請求の拡張(新規請求)として扱わず、その当否について判断しないこととした。

六  平成八年三月二六日についての深夜割増賃金の請求について

1  請求の原因5(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  同5(一)の時間外労働のうち、午後五時から午後一〇時までの五時間の時間外労働に対する割増賃金は同5(二)のとおり六五六三円であり、同5(一)の時間外労働のうち、午後一〇時から翌日午前零時三〇分までの深夜の時間帯の時間外労働に対する割増賃金は同5(三)のとおり一万〇九三八円であると認められる。

3  前掲の(証拠略)によれば、同5(四)のうち、被控訴人は、請求の原因5(一)の時間外労働について一時間当たり二一〇〇円、合計一万五七五〇円の残業手当を支払ったことが認められる。そうすると、控訴人の平成八年三月二六日についての深夜割増賃金は一七五一円ということになる。

4  同5(五)は当裁判所に顕著である。

5  ところで、原判決は、原審における控訴人の請求に係る平成八年三月二六日についての深夜割増賃金の請求額が一三〇〇円であったにもかかわらず、原判決は、平成八年三月二六日についての深夜割増賃金を一七四九円と算定してこれを認容している(原判決二枚目表八行目から一〇行目まで、五枚目表六行目から七行目まで、五枚目表末行から五枚目裏六行目まで、原判決別紙計算書)から、原判決には当事者が申し立てていない事項について判決するという違法(民事訴訟法二四六条)があったといわざるを得ない。しかし、被控訴人は控訴して争っていないから、この部分については不利益変更禁止の原則が働くので、原判決の認容額一七四九円はそのまま残ることになる。そうすると、請求の原因5(四)に摘示した控訴人の請求額一七五一円はこの認容額を二円だけ上回っているので、右の認容額の限度で控訴人には控訴の利益がなく、この部分の控訴は不適法であるということになるが、控訴人は当審において平成八年三月二六日についての深夜割増賃金の請求を拡張した部分のうち右の認容額の限度で控訴を取り下げているのであって、そうであるとすると、控訴人が当審において平成八年三月二六日についての深夜割増賃金の請求を拡張した一七五一円のうち一七四九円は実質的には新規請求ではなく、原判決の処分権主義違反の瑕疵を冶癒するためだけの意義を有するというべきであるから、請求の拡張(新規請求)として扱うべき部分は二円のみである。

6  そうすると、被控訴人は、控訴人に対し、控訴人の平成八年三月二六日についての深夜割増賃金として二円を支払う義務がある。

そして、控訴人の賃金は毎月二五日締切り翌月一六日払いであることは前記認定のとおりであり、控訴人の平成八年三月二六日についての深夜割増賃金の弁済期である平成八年五月一六日が経過したことは当裁判所に顕著であるから、被控訴人は、控訴人に対し、控訴人の平成八年三月二六日についての深夜割増賃金二円に対する遅延損害金として弁済期の翌日である同年五月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による金員を支払う義務がある。

以上によれば、控訴人の平成八年三月二六日についての深夜割増賃金の請求は、二円及びこれに対する弁済期の翌日である平成八年五月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払義務を求める限度で理由がある。

七  残業手当六二一三円の請求について

1  請求の原因6(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  同6(一)の九三時間のうち、同2、(四)で休日時間外割増賃金として請求している一三時間、同4で請求している平成八年四月一五日の午後八時から翌朝五時までに含まれる〇・五時間(〈証拠略〉)及び同年四月一八日午後八時から翌朝五時までに含まれる一時間(〈証拠略〉)並びに同5で請求している平成八年三月二六日の時間外労働七時間三〇分の九時間を控除した七一時間について控訴人が支払を受けるべき時間外手当から、既に支払を受けている一時間当たり二一〇〇円、合計一四万九一〇〇円を控除した残額は同6(二)のとおり六二一三円であると認められる。

3  そうすると、被控訴人は、控訴人に対し、残業手当として六二一三円を支払う義務がある。

そして、控訴人の賃金は毎月二五日締切り翌月一六日払いであることは前記認定のとおりであり、控訴人の残業手当の最終の弁済期である平成八年五月一六日が経過したことは当裁判所に顕著であるから、被控訴人は、控訴人に対し、控訴人の残業手当六二一三円に対する遅延損害金として最終の弁済期の翌日である同年五月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による金員を支払う義務がある。

以上によれば、控訴人の残業手当の請求は、六二一三円及びこれに対する弁済期の翌日である平成八年五月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払義務を求める限度で理由がある。

八  帰任旅費一万四〇〇〇円の請求について

1  請求の原因7(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  同7(二)の事実について判断する。被控訴人が、平成八年四月二二日、控訴人に対し、同人を同日をもって解雇する旨の意思表示をしたこと(本件解雇)、控訴人は、平成八年一〇月二四日、被控訴人に対し、本件解雇に基づく解雇予告手当の支払を求めて東京簡易裁判所に訴えを提起したことは、後記認定のとおりであって、これらの事実によれば、控訴人が請求の原因7(一)で約した帰任旅費支給の要件を具備していないことは明らかである。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の帰任旅費の請求は理由がない。

九  弁済供託について

抗弁4の事実は当事者間に争いがないが、前記第一の二ないし八において被控訴人に支払義務があることを認めた控訴人の請求はいずれも原判決が棄却した請求又は当審で追加、拡張された請求であるから、被控訴人による弁済供託は前記第一の二ないし八において認めた被控訴人の支払義務に何らの消長も来すものではない。

また、原判決が支払を命じた部分については本来抗弁としての意義を有するが、被控訴人は控訴してこの部分の取消しを求めるに至っていないので、不利益変更禁止の原則によりこの部分を取り消して控訴人の請求を棄却することはできない。

十  小括

以上によれば、控訴人の請求は、控訴人の一八日間の休日出勤についての休日割増賃金として三万二二〇〇円、控訴人の一三時間の休日時間外労働についての割増賃金として二二七五円、控訴人の平成八年三月二六日についての深夜割増賃金として二円及び控訴人の残業手当として六二一三円、合計四万〇六九〇円並びにこれに対する弁済期の翌日である平成八年五月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払義務を求める限度で理由がある。

第二平成一〇年(レ)第三五八号事件について

一  請求の原因1及び2の事実、同3のうち、労働基準法二〇条や被控訴人の就業規則一〇条が解雇予告手当を支払うべきことを規定していることは当事者間に争いがない。

二  請求の原因3について判断する。

1  当審における控訴人本人尋問の結果(第一回)、当審における被控訴人代表者尋問の結果(第一回)及び弁論の全趣旨によれば、本件解雇予告手当請求事件の第一回口頭弁論期日が開かれた平成八年一二月一〇日には安斉武好(以下「安斉」という。)、被控訴人代表者及び控訴人本人の各尋問が行われたこと、安西(ママ)の尋問が終わった後に控訴人本人の尋問が行われたが、控訴人が尋問において平成八年四月二二日に同僚とけんかをしたこと、酒を飲んでいたとはいえ、先に手を出したのは控訴人であることなどを話し始めたころから、控訴人は、同事件の担当裁判官が急に不機嫌になり、控訴人にきつい質問をするようになったと感じ始めたこと、控訴人の尋問が終わると、裁判官は控訴人及び被控訴人代表者に対し五〇〇〇円で和解するよう勧告し、控訴人も被控訴人代表者もこの勧告を受け入れ、本件和解が成立したこと、被控訴人は本件雇用契約が合意解約されたと主張していたが、事実関係としては控訴人が同僚とけんかして同僚にけがを負わせたので控訴人を帰したと主張していたこと、控訴人は本件和解の成立により被控訴人に対してもはや解雇予告手当の支払請求をすることができなくなることは十分理解しており、その上で本件和解の合意内容どおり被控訴人から解決金五〇〇〇円の支払を受け、以後本件解雇予告手当請求事件について期日指定の申立てを行うこともなかったこと、控訴人は、平成九年五月二日に至り被控訴人を被告として山形簡易裁判所に休日割増賃金、休業手当、時間外割増賃金等の支払を請求する訴えを提起し(山形簡易裁判所はこの事件を東京簡易裁判所に移送し、東京簡易裁判所が平成一〇年五月二七日に控訴人の請求を一部認容する判決を言い渡し、控訴人が控訴した事件が平成一〇年(レ)第一七五号事件である。)、さらに、平成一〇年五月七日付け催告書で被控訴人に対し、本件和解が無効であるとして解雇予告手当残金の支払を請求した上で、同年一〇月八日に東京簡易裁判所に本件和解無効確認請求事件を提起したこと、以上の事実が認められる。

2  これらの事実によれば、本件解雇予告手当請求事件の担当裁判官は、被控訴人が本件解雇に及んだのは控訴人が同僚とけんかして同僚にけがを負わせたことによるのであり、酒を飲んでいたとはいえ、先に手を出したのは控訴人であることからすれば、本件解雇は控訴人の責めに帰すべき事由があり、被控訴人は労働基準法二〇条一項ただし書により解雇予告手当の支払義務を負わないと判断して五〇〇〇円で和解するよう勧告したものと考えられ、そうであるとすると、担当裁判官は本件和解が解雇予告手当を支払うべきことを規定する労働基準法二〇条や被控訴人の就業規則一〇条を十分に念頭に置いた上で五〇〇〇円という解決金による和解をあっせんしたものというべきであって、本件和解が解雇予告手当を支払うべきことを規定する労働基準法二〇条や被控訴人の就業親則一〇条を無視してされた和解であるということはできない。本件和解が解雇予告手当を支払うべきことを規定する労働基準法二〇条や被控訴人の就業規則一〇条を無視してされた和解であり、本件和解は本来適用されるべき法律を適用せずにされたものとして無効であるかどうかについて判断するまでもなく、控訴人の主張はその前提を欠いており、採用できない。

また、控訴人は本件和解の成立に際しこれによりもはや解雇予告手当の支払請求をすることができなくなることを十分理解しており、その上で解決金五〇〇〇円を受領し、以後一年五箇月経過するまで、本件和解に対する不満を述べることはあってもこれが無効であると正面から主張することはなかったのであるから、本件解雇予告手当事件の担当裁判官が和解勧告をするに当たり前提とした事実認定に誤りがあったか否かによって本件和解の効力が左右されるものではなく、他に本件和解が無効であるとすべき事由はないものというべきである。

三  以上によれば、控訴人の平成一〇年(レ)第三五八号事件における請求は理由がないから、この請求を棄却した原判決は正当である。

第三結論

控訴人の平成一〇年(レ)第一七五号事件における請求(ただし、原判決中の控訴人勝訴部分を除く。)は、控訴人の一八日間の休日出勤についての休日割増賃金として三万二二〇〇円、控訴人の一三時間の休日時間外労働についての割増賃金として二二七五円、控訴人の平成八年三月二六日についての深夜割増賃金として二円及び控訴人の残業手当として六二一三円、合計四万〇六九〇円並びにこれに対する弁済期の翌日である平成八年五月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払義務を求める限度で理由があるから、右の限度で平成一〇年(レ)第一七五号事件における原判決中の控訴人敗訴部分を変更することとし、平成一〇年(レ)第一七五号事件における原判決中の控訴人敗訴部分に係る請求及び当審で追加、拡張した請求のうちその余の請求は棄却することとし、控訴人の平成一〇年(レ)第一七五号事件における請求は理由がないから、同事件に対する控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法三〇五条、六七条二項、六一条、六四条本文を、仮執行の宣言につき同法三一〇条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 髙世三郎 裁判官 鈴木正紀 裁判官 植田智彦)

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